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8.12(26年前)

ジャンボジェット機が群馬県上野村の御巣鷹山・その尾根に墜落した事故が
26年前の今日でした。
この上野村は群馬県の南西の端っこの一番奥、長野県佐久市やワガ、埼玉県秩父市
に隣接し、山間にひっそりとある誰も知らないような村でした。
交通の便も悪く、実は群馬県高崎市や藤岡市からのアクセスよりも、秩父市から
国道299号で行くのが当時は一番効率的だったそうです。

そんなご縁から毎年この慰霊祭の時期には、現地でご遺族や報道関係の移動に
我が社もささやかな協力をさせて頂いております。
ヨッシーもかれこれ4~5回は現地でのジャンボタクシーによるシャトル運行に
行かせて貰ってます。

今年は慰霊碑のある墜落現場、御巣鷹山の尾根登山口と下の駐車場のシャトル運行を
やらせて頂きました。

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今日一緒に運行するもう一台の同僚のジャンボや現地の交通整理係りを
する者が乗り込んだタクシーの3台で、丸通タクシー本社を未明に出発。
上野村に着く頃にやっと空が白み始めました。右は御巣鷹山

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6時前には早くも慰霊登山をされる方を乗せて登山口まで運行開始です。
因みに他社(上信ハイヤーさんなど)も含めて5台のジャンボで運行しました。
夕方4時過ぎまで登っては下りてを繰り返すこと20往復以上。ヨッシーも
延200人近くのご遺族や報道関係者を乗せました。それでも事故から1/4世紀も経ち
ご遺族の高齢化や事故の風化により年々慰霊に来られる方は減少していると先輩から
聞きました。

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午後3時を過ぎて少し人の流れも途絶えてきたので、ヨッシーは誘導の方に無理を言って
車を降り、慰霊碑まで登ってきました。
登山道は原生林の中を沢が流れヒンヤリしてました。それでも10分も登ると汗が噴き出し
呼吸も荒くなります。
(登山口の標高は1359m 昇魂の碑が建った場所が1539m 標高差180m距離にして
約800mの急徒ですが、この登山口までの車道が開通する以前は下の駐車場からの沢沿いを
更に一時間以上歩かねばならなかった)
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苦しくて飛び出しそうな心臓をだましながらボンヤリ考えました。

『26年前』自分は20代最後の年齢だった。今でもあの日の事は鮮明に憶えている。
520名の犠牲者のなかには自分と同年代の若者も大勢居ただろうな。彼らの26年の
歳月はどうなってるのだろう? 向こう側の世界で平穏に過ごしているのだろうか?
それとも1985年8月12日18時56分のまま彼らの時計は止まったままなの?
不適切な言い方かも知れないが、自分は死んだ事がない。だから犠牲者の今は逆立ち
してもわからない。無責任な想像をしてもナンセンスだ。
「それよりオマエ(自分の事)はどうなんだ?この26年をちゃんと生きて来たのか?」
自分の声なのか?彼らの声なのか?酸欠気味の脳裏にそんな声が聴こえた気がした。

ちゃんと生きてきたか?そんな事・胸を張って言えないよなぁ。でもあのとき未だ幼かった
オレの子ども達は一応自立したし、いい加減そうでもなんとか中年から熟年の域に達する
齢になれたよ。30代40代、50代途中・・・そしてこれから

繰り返すが、あの世があるのか?とは死んだ事が無いのでわからない。
犠牲者を思う悲しみや、自分の明日へのささやかな希望は生きてればこその実感てやつだ

80歳代の方なら8.15だろうし、更には今年の3.11 これから年を経る度に
生きていられる自分を振り返るメモリアルの日が幾日かある。

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       犠牲になられた520名様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
                         
                             合  掌


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本当にそうですね

私も、あの日のことは鮮明に覚えています。
義父の新盆の準備に追われて 慌しい日の夕方近くでした、
突然のニュースに、驚きと深い悲しみを覚えました。
犠牲に成られた方の、ご冥福をお祈りすると共にいつまでも いつまでも
風化させたくない事故でしたね。









Re: buko-sakado様

人間(ホモサピエンス)が知恵をつけて火力というエネルギーを
手に入れた。
そしてそれから数万年。科学の進歩と供についには原子力という
究極のエネルギーまでも手にすることに成功しました。

エネルギー効率があがるにつれて、同時にそれは巨大なリスクも
背負っている事を誰もが強く自覚しなくてはいけないのだと思います。
既に核保有国が所有する爆弾で人類を何度も全滅させる事が可能
なのだそうです。

恐竜の絶滅は巨大隕石の地球衝突が原因という説が有力ですが、
人類の後に地球を支配する生き物から
「彼らが滅びた原因は自ら手にしたエネルギー。その制御の失敗
 による自滅だった」
などと笑われたくないですね。

No title

私もあの日の事は覚えています。

横川の父方の祖母の家で、兄と両親の到着を待っていました。

急に家の前を、パトカーや救急車が沢山行き、ヘリコプターの音に驚き不安になってました。

交通規制をしていたので、なかなか来ない&連絡がつかない両親を心配した夜でした。


りん様

26年前の夕方、それぞれの人がそれぞれの生活の中で
あの事故のニュースを見ていたのですね。

26年の歳月にはやはり、それぞれの人にそれぞれの人生のドラマがある。

泣いて暮らしても笑って暮らしても、時の経つのは一緒。
素直に笑えない事も多いですが、どうせなら一日でも多く笑って
暮らしたいよね。

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ままタクシー

Author:ままタクシー
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記事担当のヨッシーです。
乗務員歴6年(H22年7月現在)
ウチの会社では中堅ドライバーになりました。
明るくやさしく安全運転をモットウに日々頑張ってます。
趣味:音楽鑑賞 カメラ
   愛犬とブラブラ散歩・ゴルフ
   読書と書くこと
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更新していきたいと思います。

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